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zoom RSS 中越沖地震と柏崎刈羽原子力発電所(現地視察後の感想)

<<   作成日時 : 2007/11/16 18:28   >>

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ひと時の喧騒ともいえる行政、事業者、マスコミの初期行動の責任の攻めぎ合いも鎮静化し、現場の調査もそれなりに順調に進み今各方面で冷静に今回の地震の教訓を生かそうとしているのは喜ばしい。
10月29日横浜で開催された原子力委員会主催の市民懇談会に参加したこと及び
仲間と現地を視察吸う機会を得たのでその様子を記す。
視察後の感想は下記の通り。
柏崎刈羽原子力発電所及び周辺地域の視察の感想

市内の様子
11月5日午後市内を車で回った
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1)被災して壊れた建物はほとんど解体撤去、整地されていて災害の状況は分からなくなっていた。ただ、その更地のなっている場所が町の中に点点とあるのを見て今度の震災はある地域に集中していると言うよりも弱い建物(古い建物だったそうだ)だけが潰れたことが良く解る。不幸中の幸いで火災が発生しなかった事もこのような被災跡になったのであろう。
2)復旧が力強く進んでいる。道路はところどころ工事中で一方通行とか行き止まりあるが、特に問題にはなるほどではない。家屋も未だ青色シートが随所で見受けられるが一部では補修が済んでいる家屋も多く見受けられた。
3)仮設住宅がいたるところの空き地に建てられていた。もとの会社の寮の空き地を市に提供し仮設住宅2棟20戸が設営されていた事は嬉しい。
4)地元の人の話では、自衛隊の活動は評判がよかったようで、感謝しているとのこと。直後の交通路確保作業や 炊き出し、特にお風呂は評判が良かったようである。このように、3年目の中越地震の教訓が活きている事例がいくつか見受けられた。
5)地震時の芝作業所の対応は、当日の午前中のグループの出面は約600名でその大半は現場に赴いており、作業新は約30名が残っていた。地震の衝撃で事務所の什器備品は倒れたり、動いたり、また天井の蛍光灯などは落下するなど惨憺たる状況であったが、一人の怪我人で済んだのは、みな敏捷に飛来物を避けて机の下の潜り込めたことと手元のヘルメットが役にったとのこと。防災訓練はして無かったそうだが、良く対処できたものと感心した。
6)所長は火災発生を恐れて全員屋外退避を命じ、屋外で点呼確認など確りした対応であったようだ。地震の衝撃はすさまじく、べテランの所長でも咄嗟には地震と思えなかったそうだ。特に、原子炉建屋の中にいた作業員は北朝鮮のテポドン攻撃と思って、外に出るまで不安だったようである。
状況が少しわかってきたのは作業所の外に集合して、1台の車に流がさせたラジオ放送であったとのこと。
7)一番の問題は水(トイレ用、飲料)の確保だそうで、支援物資も水がないと役立たないそうだ。
8)現場は作業所長の適切な指揮のもとに大変よく行動し、その結果負傷一人軽傷3名の人的災害で済んだが、日ごろの訓練や、緊急時の食料、水の備蓄など貴重な教訓を今後に生かす事が大切であろう。

 11月6日柏崎より長岡に向かった。
1)運転手のお願いして西山町周りで長岡に向かい、途中田中角栄の記念館と公園、そして生家を見ていくことにした。道路は途中ところどころ復旧工事中の所で片側通行になっているが特に問題はなかった。
2)角栄記念館に記念公園の角栄像が倒壊した写真など当時の被害状況の写真が展示されていたので当時の状況を推測できた。記念公園の建物,彫象などは修理中であった。
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角栄さんの生家の建物はほぼ完璧であったが、庭で何か工事中であるところを見れば何かが壊れたのであろう。生家の前にある御親戚の家は側溝が壊れたりしていた。聞くところによれば西山地区は先の地震でもやられ、今回も結構やられており実にお気の毒である。
3)長岡に10時過ぎに到着したので、時間調節に山本五十六記念館、山本五十六立像、生家を見物した。山本の妻は津藩家老の娘と初めて知った。生家は実に質素なこじんまりした家であった。

発電所内の様子約3時間半にわたり
1)1〜4号機の外回り、3号機の所内変圧器火災跡、4号機主変圧器、海水ポンプ室、取水口、放水口、港湾設備などを見たのち、4号機の燃料貯蔵プール周辺、ECCSポンプ、制御棒駆動系、格納用器内部、タービン発電機などを視察。
2)5,6,7号機側では、濾過水タンク、地盤沈下した駐車場などを見て、7号機に入り、オペフロ、原子炉建屋上部ウェル周辺、格納容器内部、圧力容器下部、制御棒駆動系、地下ECCSポンプ室、6,7号機コントロール・ルームなどを視察。
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視察した感想
1) 建屋の外側は、埋め戻し部の地盤沈下あるいは地面の移動で建物や構造物など
基盤に乗っているものとの段差が目立ち、地震の大きさが分かった。
しかし、原子炉建屋、タービン建屋の中は全くと言っていいほど損傷は見当たらず、建設当時よりも奇麗に整理整頓が行き届いており地震の後とは思えない状態であった。
2) 火災を起こした3号機所内変圧器はすでに除去され、工場へ移送されていたが、ボルトの破断状況、周囲との段差、碍子の燃焼状況などが見て取られた。
3) 所内道路で一番変形が酷かったのが海岸に近い道路で、それも修復が着々と進んでいたが、重量物荷揚用の門型クレーンが走るレールの曲がりが極端に分かる場所への案内を受け、地震の結果地面が海側に大きく動いた痕跡を見ることができた。取水口などの構造物は余り影響を受けておらず、橋もそれ自体は健全であるが、その周囲の陥没が目に付いた。
4) 6号機前庭にある「ろ過水タンク」(4号)は下部が膨らむバックリング現象が顕著であり、ボルトの頭が飛んでいたり、大きな破損状況が見られた。地面の上に置くだけの設置構造がこのような結果をもたらしたとのことであり、隣の3号タンクには同種の損傷は見られなかった。
5) 7号機使用済燃料プール壁面からの水染み現象は、原子炉ウェルのライナーの一部に損傷が生じ、そこから移動してきているのではないかと推測されるとのことで、現在は真空ポンプによる当該箇所からの強制水抜きにおいても20CC/日程度に収まっているという。(その後、溶接部のピンホールからのにじみであることが発表された。)
以上

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