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zoom RSS 原子力の再興に向けて

<<   作成日時 : 2013/11/07 22:54  

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原子力の再興に向けて</stron
g>原子力の再興の為に、原子力の平和利用の基本的必要性を納得させよう。(なぜ原子力をやるのかに応える)
・原子力の信頼性を回復するには。
3.11の福島の原子力災害以降、にわかに脱原子力を唱える人たちが多くなった。
これは、当然の現象であろう。何しろ、これまでは起こらないと信じていたし、見たこともなかった炉心損傷と言うことが起こり、燃料のメルトダウンを現実に目の前にしたのだから。
原因が大規模な地震が引き越した津波がであろうが無かろうが、現実に原子力の大災害を目の当たりにしては、一般の人たちはその実態を知って驚いて原子力に不安を感じたことは事実であろう。このことを、国民の無知とか、行政の不手際の所為とか、報道の偏向の所為、東電の対応力の問題とか色いろ言われているが、再発防止にはその様なことも考えなくてはならないが、事実として起こったことはを皆が現実に認知してしまったのである。れを取り戻して安全・安心を取り戻すには、再び時間を掛けて、安全、安定運転の実績を蓄積して、現実に目に物を見せていく以外に道はないと考える。
・原子力の利用を再開するには
そのためには、なぜ、原子力をやらなければならないかという基本的な事をみんなに解ってもらうことが大切である。その説得無しに、原子力発電の再稼働や新規増設を含む原子力開発推進はあり得ない。危険な原子力をわざわざ開発するよりは、他のエネルギー源や手段を開発すべきと言う理屈に対応する必要がある。
例えば、最近の原子力の安全規制に関する原子力規制委員会の活動について、安全規制は原子力を安全に利用する為であることをことを大前堤としていることを忘れてしまって、動かさなければ安全であるとの考え方があるように思う。推進側も原子力発電所の再稼働を求めることだけを目的とするような議論をしていては、この度の小泉元総理の、なぜ原子力をやるのかという事が見えなくなってしまい、原子力をやること自体を問題視されよう。
さらに、最近話題になている、福島第一発電所の廃炉問題や汚染水処理の国費投入の是非についての問題も、やはり、原子力の必要性の国民的納得が無ければ解決しないのではなかろうか。
特に、除染の問題で1mシーベルト問題や放射性廃棄物処分場の問題は、確かに一般の人達の放射線の正しい理解が不足していることも事実であるが、原子力の必要性の国民的理解が不足しているのではなかろうか。
そこであらためて、原子力のメリットデメリットを明かにして、人類は原子力無しに永続的発展を成しえないという事を訴える必要があると考える。
幸いにこの度の事故で、これまで、専門家の間でしか解っていなかったことも、大分明らかになってきた。
放射線の問題は、低線量の人体への影響の程度や汚染の除去についての線量規定の問題点なども明らかになった。
我が国の原子力稼働停止による経済に対する問題は、年間5兆円にも及ぶ国益がすっ飛んでしまうことが明らかになった。
さらに、原発の稼働停止でCO2削減目標が大幅に下げざるを得ない状態になり、エネルギー資源の有限性とともに地球環境負荷の問題で化石資源は長期的には頼れないこともはっきりしてきた。
人類は、今後人口が増え続け、その持続的な発展のためには先進国のエネルギー消費伸び悩むとしても、途上国の消費が増えることにより2030年には現状のエネルギ消費の約1.56倍〈524クワッドBTUから820クワッドBTU(EIA報告書[IEO]2013))のエネルギーを必要とすることはすでに分かっている。
問題は、そのエネルギー源を化石に頼るか、自然エネルギーに頼るか、人口のエネルギー原子力に頼るかである。
・自然エネルギーの問題点
そこで、最近自然エネルギーの活用が話題になってきた。
特に原子力を毛嫌いする人たちは、あたかも自然エネルギーだけで化石エネルギーを代替えできるという幻想をもっともらしく言って、原子力の不用論を展開している。
最近、米国のSTANFORD大学の講師である,TONY SEBA氏が書いた「Solar Torililions]と言う論文を読んだが、ここでも、彼は、太陽熱エネルギー利用で世界のエネルギー需要を賄うことができると主張している。確かに、彼の言うとおり、太陽エネルギーはふんだんにあるといえよう。しかし、それで原子力の開発をしなくてよいという事にらないのである。
何故かと言うと、@中期的には自然エネルギーはエネルギー密度の低さとお天気任せ風任せと言われる様に不安定性がありその解消に蓄電池や、代替え火力の導入などで本質的に価格が高くそれほど普及しない。最近のドイツの自然エネルギーの普及の現実がその例である、A自然エネルギーは、大量に使うと地球環境負担が問題となり、長期的に問題が発生する可能性がある。(このことは、多く語られていないが、風力についは、低周波騒音、鳥類への損傷、景観への影響などがでてきており、太陽光についても、その土地の利用が従来の食物耕作との競合問題となるなど、大規模化すればするほど、問題が出てくる恐れがある。)
一方、原子力は、基本的に人工のエネルギーであるので、人間の知恵でいろいろなことができる可能性がある。これまでもそのように開発し続けてきた。ただ、いろいろな事情で開発計画が狂い期待をっ満たせなかったことが多くありそれで原子力の信頼性が損なわれたことは原子力の開発に携わったものが反省すべきことであろう。ただ、人間のやることに失敗は付き物であり失敗を繰り返さないことで人間の文明は出来てきたのである。
従って、原子力開発の研究・開発活動は継続すべきである。ここで辞めたら、祖孫に対して、「何もしなかった」という負の遺産を残してしまうことになことになる。
今やることは、事故を越さない原子炉、事故を起こしても、影響が小さい原子炉の開発活用、放射性廃棄物の処理処分の問題解決などである。事故や放射線が怖いから研究・開発を止めるのではなく、怖い事故をなくす方法を研究し、開発すべきであろう。
自然エネルギーの導入で問題となっている不安定性に対る対策であるが、原子力の負荷対応能力(火力発電と同様に30%/分程度の出力変更能力は持っている。)使うことで、調整用の火力発電を必要としないで済む。このことで、自然エネルギーは原子力を導入することで導入拡大の余地が出てくる。
この様な発想は、単に原子力は怖いという理由で毛嫌いしているだけでは、出てこないのである。
・今こそ、原子力の必要性を正面から議論する必要がある。
今や我々は世間に対して、原子力は人類にとって必要なエネルギ源であることを正面から説き、その平和利用の開発・研究を中断することは、我々の子孫に対してやっておくべきことをしていなかったという、責任逃れをしていることになるという事を明言すべき時期であろう。
そのことを一般国民に理解してもらわないと、原発の再稼働も、新規発電所の建設も、廃棄物処理処分の門題の解決に向けてた行動など原子力推進に関わるいかなる活動も正当化できないであろう。11月中に発表されると言う、国(政府)のエネルギー基本計画にこの点が明確に表現されることを期待したい。
(最近の、小泉元総理の発言や自民党の原子力推進議員の一部に脱原子力を唱える人が出てきたことで、考えさせられたことでもある。)
以上
2013年10月29日

無茶庵記

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